床面に広げたキャンバスに塗料を撒き散らすアクション・ペインティングで知られるポロックの回顧展。愛知県美術館の今年の目玉企画です。この後は東京国立近代美術館に巡回。
初めて世界に影響を与えたアメリカ発の美術様式である抽象表現主義の旗手として、美術史上非常に重要な存在であり、その作品の評価も極めて高い画家です。2006年には《ナンバー5,1948》が絵画史上最高額の1億4000万ドル(約163億8000万円)で取引され、この記録は現在でも破られていないとされています。
作品価格のあまりの高騰は、この画家の回顧展の開催をこれまで困難にしてきましたが、生誕100年を迎えついに本格的な回顧展が日本で実現することになりました。出品数は国内外から堂々の64点。国内で所蔵が確認されている全ての作品(28点)を揃えているのもすごい。こんな機会はもう二度とないかもしれません。
とは言いながら、個人的に抽象はあまり好みではない美術様式です。やはり美術は卓越した技術を持って観る者を驚嘆、感動させるものだと思っています。絵具を撒き散らしたり、叩き付けたり、踏みにじったりするような偶然性の高い技法は(ポロックのそれがかなり計算されているものだとしても)あまり評価する気になれないのです。
しかし、だからといってこの歴史的な回顧展を見逃すことはありえません。展示は4章構成。様々な芸術に影響を受けながら模索を続けた初期から、自らの芸術に辿り着き迎えた絶頂、そしてその後の衰退と自動車事故による悲劇的な死までポロックの生涯とその芸術を余すところなく見せつけてくれます。
1「1930-1941年 初期 自己を探し求めて」。18歳でニューヨークに出てきたポロックはアート・スチューデンツ・リーグでトーマス・ハート・ベントンに師事。師匠のリージョナリズム(地方主義)を始め、メキシコ壁画やネイティブ・アメリカンの芸術など様々な様式の影響を受けます。一時は彫刻にもハマったといい、ほとんど残されていないという貴重なブロンズも展示。一方、20代半ばからすでにアルコール依存症となり、精神分析医にかかり始めます。治療のために描いたデッサンが後に流出し売買されたことは問題になりましたね。
2「1942-1946年 形成期 モダンアートへの参入」。30代になりいよいよモダンアートの世界へ。第2次世界大戦の勃発によりアメリカに亡命してきたシュルレアリストたちとの交流が影響しています。大原美術館の《ブルー―白鯨》はミロっぽい1枚。そして床に置いたキャンバスに塗料を流し込むポーリングは、シュルレアリスムのオートマティスムが源泉となっています。最初は控えめに使われていたというポーリングですが、徐々に多用されるようになり、ついには富山県立近代美術館の《無題》(no.37)のように画面を埋め尽くすまでに至ります。
第2章と第3章の間にあるのが原寸大で再現されたポロックのアトリエ。結婚し、ロングアイランドはイーストハンプトンに引っ越したポロックが、納屋を改修してこしらえたアトリエです。床面には塗料が飛び散り、制作の跡がリアルに残っています。鑑賞者は靴を脱いで上がることもでき、ここだけは写真撮影もOK。
ポロックのアトリエの再現
3「1947-1950年 成熟期 革新の時」。画面を均質なパターンで覆いつくすオールオーヴァーの手法がポーリングと結びつき、ついにポロックの芸術が頂点を迎えます。《インディアンレッドの地の壁画》は同展最大の目玉。最盛期の傑作の一つであることはもちろんですが、この作品がなんとテヘラン現代美術館から来ているのもすごい。イランからの出品なんて聞いたことがありません。オールオーヴァーの画面の上にさらにシルバーを上塗りした《ナンバー9,1950》もパワーがあります。こちらはセゾン現代美術館から。国内にある作品では最高の作品と言えるでしょう。《ナンバー11,1949》と《ナンバー7,1950》の2点は1951年に初めて日本で公開されたポロック作品。60年ぶりの来日ということになります。
4「1951-1956年 後期・晩期 苦悩の中で」。絶頂期である1950年の翌年、ポロックは突如作風を転換。黒一色のポーリングとなり、オールオーヴァーな構成ではなく画面に具象的なイメージが現れます。薄めた塗料を用いたキャンバスへの染み込みなど新しい要素を試みていたともいいますが、それまでの作品と比べるとインパクトは弱く、衰退、低迷と見なされます。苦悩し、次第に描けなくなってしまったポロックは1956年に飲酒運転の末、木立に激突する事故でこの世を去ります。44歳という若さでした。
抽象が好みではない自分にとっても十分に見応えのある展覧会でした。実はポロックの作品はもっと大画面だと勝手に思っていたので、最盛期の作品も意外と小さいんだなという感じではありましたが、ほとばしるエネルギーはびりびりと伝わってきました。そして何よりこの回顧展が実現したことは本当にすごい。よくこれだけの作品を集めたものです。
ただ、宣伝のためとはいえ、やたらとピカソを引き合いに出すのはちょっとどうかと。ポロックがピカソを超越しようとしていたことは事実のようですし、ピカソ以降に登場した最もインパクトのある美術様式を生み出したことは確かだとは思いますが、それが「ピカソを超えた」と言えるかどうかは微妙です。それとも、作品の値段のことを指しているのでしょうか。2006年にポロックが1億4000万ドルを叩き出す以前の最高額は2004年のピカソ《パイプを持つ少年》の1億416万8000ドルでしたから…。
展示室6はテーマ展、水野勝規 ライトスケープ。穏やかな自然の風景を映像作品に仕上げる若手作家です。2006年に春日井で観て以来かと思いますが、そのときの印象が強く名前ははっきりと覚えていました。今回も展示室以外に前室、そして10階のロビーでも作品が上映されています。
水野勝規《monotone》
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生誕100年 ジャクソン・ポロック展
愛知県美術館
2011年11月11日―2012年1月22日
水野勝規 ライトスケープ
2011年11月11日―2012年1月22日