ゴーギャン展@名古屋ボストン美術館
なんとか開館10周年を迎えた名古屋ボストン美術館です。「なんとか」とわざわざ付けなくてはならないところが情けない。10年で閉館という話も出たくらいですから、今回の展覧会も開催されなかったかもしれないのです。
同館がまさに万感の思いで開催する開館10周年記念展がゴーギャン展。ゴーギャンの最高傑作《我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか》を初めて日本に持ってくるということで、1年前からレプリカを1階インターコモンに登場させるなどかなり気合が入っていました(現在はありません)。
しかし、ボストン美術館から来ているのは木彫や版画も合わせて19点で、残りは国内の美術館から集めた作品。総出品数は44点とやっぱり微妙です。しかも版画連作の『ノアノア』が内21点を占めますから、油彩の出品数は本当に知れています。《我々はどこから来たのか~》の一点企画と考えたほうがいいかもしれません。
それでも、限られた作品でなんとかゴーギャンの生涯と芸術を辿ろうと頑張っています。第1章「ブルターニュ以前のゴーギャン」。一介の日曜画家だったゴーギャンは1883年、仕事を辞めて画業に専念します。ボストンからは《オスニー村の入口》と《森の中》の2点。後者はピサロっぽい1枚。
第2章「ブルターニュでのゴーギャン」。1886年、画家はブルターニュ地方のポン=タヴェンを制作の拠点とします。ボストンからは色彩がX字型に交差する構図が印象的な《二人のブルターニュ女のいる風景》と木彫のレリーフ《恋せよ、さらば幸福ならん》。国内の作品では損保ジャパン東郷青児美術館から《アリスカンの並木道、アルル》が。1888年、アルルでゴッホと共同生活を営んでいたときの作品です。
第3章「最初のタヒチへの旅」。原始の楽園を求めタヒチへ渡ったのは1891年。大原美術館の《かぐわしき大地》は国内のゴーギャンでは最も有名な作品ではないでしょうか。ボストンからは画家唯一のエッチング《ステファヌ・マラルメの肖像》。ひろしま美術館からはブロンズ《真珠のついた偶像》。オリジナルはオルセー美術館で木製とのこと。
第4章「フランスへの帰国 『ノアノア』版画連作」。1893年、ゴーギャンはパリに戻ります。相変わらず絵は売れません。タヒチでの日々を著そうと手がけた版画挿絵が『ノアノア』。10点のシリーズですが刷りの違いがあり、ボストンと岐阜県美術館から合わせて21点を並べます。ちなみに『ノアノア』が出版されたのは1901年。すでに二度と戻らぬ決意でパリを離れていたゴーギャンが本書を見ることはありませんでした。
いよいよ第5章「我々はどこから来たのか~」。1895年、再びタヒチへ渡ったゴーギャンは1897年、終生の大作に着手します。翌年完成した作品に画家は「今後これ以上のものも、これに匹敵するものも決して作りだすことはできない」との言葉を残しています。創造者である画家がこれ以上のものは作れないというのは余程のこと。その言葉どおり、この後ゴーギャンは自殺を図ってしまうのです。まさに命を懸けた大作です。
展示室では前列と台になった後列が用意されます。こういった展示の場合、流れに沿って立ち止まることのできない前列と、じっくり観られる後列という区分けがパターンですが、今回はそこまでの混雑ではないため前列でもゆっくり観ることができます。後列のメリットは横4m近い作品の全体を見渡せること。右から左へ人の一生を表しているともいわれる大作をまじまじと眺めます。後列で観ている時間のほうがずっと長くなりました。
第6章「タヒチからマルキーズ諸島へ」。1901年、マルキーズ諸島ヒヴァ・オア島へ移住したゴーギャンは1903年に死を迎えます。ボストンからは死去した年の作品《女性と白馬》。画面の上方、丘の上には白い十字架が。解説にもあるように鮮やかな色使いは最晩年まで巧みでした。静岡県立美術館の石膏像《オヴィリ》もオリジナルはオルセー美術館で陶製。ブロンズがヒヴァ・オア島の画家の墓に設置されているそうです。「オヴィリ」とは野生、野蛮の意。
ボストン美術館と国内の美術館の作品のみという条件でよくまとめ上げていたと思います。開館時間に合わせて訪れたところ、1階インターコモンにまで連なるものすごい行列になっていてびっくり。出直そうかと思ったくらいでしたが、おとなしく列に並んでいると程なく中に入ることができました。狭いロビーになっている3階にエスカレータでアクセスする構造のため、入館を調整しているのです。展示室はもちろん人は多いですが、鑑賞に支障をきたすほどではありません。午後になり帰る頃には行列は見る影もありませんでした。
5階オープンギャラリーはノリタケデザイン100年の歴史。西区則武に本社を構える高級陶磁器メーカー、ノリタケの100年余りの歩みを約200点の華麗な洋食器で辿ります。横浜、宇都宮、長崎、静岡、京都と全国を巡回して地元、名古屋でファイナル。なぜこの展覧会を名古屋ボストン美術館が持ってきたのかはよく分かりませんが、内容は充実でした。
さて、ゴーギャン展はこの後、東京国立近代美術館へ巡回します。ただし、単純な巡回展ではなく、海外の美術館の作品が加わってまた別のゴーギャン展となるようです。図録も別途編集される模様。なぜ名古屋でも同様にやれないのか、釈然としないものがあります。こんなことでは名古屋ボストン美術館の存在意義がなくなってしまうのではないでしょうか。ボストン美術館から大作を借り出し、東京ではさらに作品を加えて大規模展…。もし、今後も同様の形態で企画展を巡回させるのであれば、もう名古屋ボストン美術館なんていりません。閉館してもらったほうがましです。
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ゴーギャン展
我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか
名古屋ボストン美術館
2009年4月18日―6月21日
ノリタケデザイン100年の歴史
オールドノリタケからディナーウェアまで
2009年4月18日―8月30日
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